仏教の教えと伝承

仏壇や仏具がどのようなものかご存知でしょうか?
仏壇とは...
信仰の中心となるご本尊様(お仏像)やご先祖様のお位牌などを祀り、
ご供養を行うための場所(台)のことを指します。
もとは、寺院にある「内陣(ないじん※ご本尊様を安置してある本堂のこと)」
というものを小さくして一般家庭に持ち込むために作られました。
なのでお仏壇は、「家の中にある小さなお寺」という言い方もできます。

仏具とは...
仏具は、仏教の儀式で使用される日用品とは異なる特殊な道具、
あるいは僧侶などの聖職者が使用する装飾品のことを指しています。
別の言い方だと法具、法器と呼ばれることもございます。
仏教では本来、僧侶は、最低限の着物と食器である
三衣一鉢以外の金品の所有を戒律で禁じられていたが、
釈迦の死後100年が経過すると、信者から寄付された最低限の金銭や
日用品の個人所有の許可を求める一派と、
戒律を遵守する保守派に教団が分裂し、
許可派では僧侶の三衣一鉢以外の金品の個人所有が認められるようになった。

時代の流れについて
~お仏壇やお仏具はこのように伝わってきました~

お仏壇の起源は法隆寺に安置されている
玉虫厨子が起源だといわれております。
このお厨子は飛鳥時代、推古天皇の念持仏として
朝夕拝まれるために造像されたと伝えられております。
その後天武天皇が「諸国の家毎に仏舎を造り、
仏像をご安置して礼拝するように」と詔命し、
日本中に広がったともいわれています。
以後、貴族階級を中心に仏像や仏像を安置する
厨子が製作されるようになりました。

奈良・平安時代に貴族階級での広がりをみせた
仏教文化は庶民には手の届かないものでありました。

鎌倉時代入ると天台宗、真言宗、浄土宗に加え、
中国より禅僧によって禅宗(現在の曹洞宗、臨済宗)が伝わり、
儒教の祭具の一つして知られていた位牌も日本に持ち込まれるようになりました。
また、日蓮宗や浄土真宗もこの時代に起こり、
現在の伝統仏教教団のかたちが整いました。

室町時代の中頃になって貴族・武家ではない商家の間でも
お仏壇の文化が 普及し始めます。
室町時代の伝統的な住宅形式の「書院造」には床の間があり、
ここに仏具を置くように設計されているといわれています。
(床の間に仏様の掛け軸を掛け、三具足を祀る)

江戸時代に入ると、
庶民の間でもお仏壇を持つように変わってまいります。
これは江戸幕府による
禁教令(キリスト教の信仰を禁止)と寺請制度(檀家制度)とが
あいまったことに起因すると考えられています。
庶民は、仏教徒である証として仏像や仏壇を
祀ることが必要となったわけである。
浄土真宗本願寺派や真宗大谷派の立派な漆塗の金仏壇は
この時代の庄屋や商家の家に祀られることが大半で、
一般の庶民にはまだまだ仏像のみを
おまつりする家庭が大半だったようです。
また、このころ地域によりお仏壇の形式もまちまちで
地域色豊かな形式のお仏壇が発達しました。

明治時代以降、金仏壇の他、唐木材と申します黒檀等で
作られたお仏壇も作られるようになります。
日本の経済力が上がるにつれて
お仏壇の普及もすすんでまいりました。
多くの戦死者を生み出した第二次世界大戦後、
その魂を祀るためさらに家庭用仏壇は需要が高まります。
戦後間もないころは職人不足や材料難で
製作に時間を要しておりましたが、
新材料の開発や機械化がすすむことで
量産が可能となり一気に普及率が高まりました。

平成に入ると住宅事情に対応した新型と申します
家具調やモダンタイプのお仏壇が台頭してきます。
婚礼家具の不振により、
家具製造会社が仏壇製造に転身する傾向が強まり
その勢いに拍車をかけることとなりました。

現在では、お仏壇のカテゴリーは伝統型金仏壇、
伝統型唐木仏壇、モダン型仏壇の3種類に
大別されるようになりました。
本来、お仏像を祀るための厨子であったお仏壇は現代では
故人やご先祖様を祀るためのものとして
購入される傾向が強くなってまいりました。
今後もお祀りされる方の考え方が多様化するにあたり
お仏壇の形式もさらに多様化し細分化されていくことでしょう。
しかし形は変われど、
『先祖を敬い、日々感謝し、こころ穏やかに暮らしていくための家庭のよりどころ』
であるお仏壇の役割は不変のものであります。
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